2012年01月29日

1300km/24h

一月二十三日、出勤途中に電話が鳴る。
訃報だった。

翌日、仕事を必死に片付け、帰宅後、車用品店へ行って車輪に装着する
鎖を買い、それを車に積み込み、午後十一時に家を出る。
西名阪で大阪、阪神高速で兵庫に、そして、山陽道で岡山入り。
一度も休まず広島・宮島休憩所まで走り、そこで小一時間寝る。
やがて、山口県に入る。
少し内陸部になると、雪がちらつきはじめる。
中国道と合流するあたりまて来ると、本格的に降りだし、
道路脇は瞬く間に真っ白に染まってゆく。
しかし、本線上は凍結防止剤のおかげで安全に走行出来た。

幸か不幸か、二萬圓程で買った滑り止め鎖を使う事なく
関門橋を渡り九州道に入ったのが、丁度夜が明けてきた頃だった。

葬儀に参列し、火葬場で最後の別れをして、帰路についた。
福岡市を出立したのが、午後三時半。
またもや宮島休憩所まで休まず走り、そこで早めの夕げ。
次に車を停止させたのは、法隆寺インターを出たところの赤信号。

午後十一時四十分、無事帰宅。



命により毛利と対峙していた秀吉は備中高松城を攻めている最中に
信長死去の報に触れ、とるものとりあえず京へ戻り主君の仇を討った。
世に言ふ【中国大返し】だ。

後に秀吉は天下を統一した。


私は【九州大返し】だ。
車と馬の違いはあれど、秀吉の四倍の距離を走ったのだ。


天下統一!

…とまでは言ふまい。
せめて、かかあ天下から脱却して、関白宣言したいものである



…か?
posted by しゅういち at 23:08| 奈良 曇り| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

andoroid...

こないだ、浮浪者味を醸し出していた男が、スマホとタブレットを
テーブルに置いて、英字新聞を読んでいた。
・・・英字新聞や〜と思った瞬間、ゆで卵が食べたくなった。
が、バーガー屋のお品書きにゆで卵はなかった。

私もスマホにしたと前の記事にも書いた。
特に何をしたいといふ訳ではなかったが、衝動で機種変更した。
正直、スマホで何が出来るのか全く知らなかったのだ。
(今も知らない)
今だに電話とメールが主な用途だ。
せっかく月々の料金を引き上げたのだから、何とか使いこなさねば!
と思い、「使いこなし術」的な本を二冊も買ってしまった。
つくづくお金がかかる奴だ。

最近、私の眼は近くがぼやける。
携帯端末の小さい字を眼を凝らして視るのは非常に疲れる。
一応言っておくが、老眼ではない。
多分違うと思う。
違うんじゃないかな。
ま、ちょっと覚悟はしている。
そんな訳で、せっかく手に入れた堀北を長く視ていられない。
(堀北=私のスマホ)
(決して、渡辺ではない)
使いこなすようになるのが早いか、次の機種変更が早いか。
なんだか微妙な感じだ。

その堀北、勝手に誰かに電話をかける。
相手は受話器越しに私の鼻唄を聴いたり、
子供とはしゃぐ声を聞いたりしたそうだ。
一番傑作だったのは、目の前にいる友人の携帯が鳴った時だ。
その直前に私は堀北をポケットに仕舞っていた。
電話の画面を見た友人を不思議そうな顔で私を見つめ、
「しゅうちゃんからやけど・・・」

私は堀北と仲良くなれるのか。
不安だ。

posted by しゅういち at 21:41| 奈良 雨| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

new ear...

明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。

…といふ挨拶をするには、些か時が経ち過ぎた。
2012年、12月を迎える時には『いい一年だったな』と
振り返られる年にしたい。
具体的には…
ひとつ、体を鍛えて自分の健康に気を使う。
ひとつ、他人の健康にも気を使う。
ひとつ、自転車事故に気を付ける。
そして最後に、人の話を聞く耳をもつ。

そんなところだろうか。

なんてったってって、四十になる年なのだ。
男は、八の倍数の年齢で体に変化が起きる、とテレビが言っていた。
若い頃の変化は成長なのだろうが、この歳になると確実に衰えだ。
人生を折り返し、衰えながら残りの半分を生きていくのだ。

子が云うところの『不惑』をしっかりと惑いながら生きよう
と思う。



…初のスマホ行進。
五時、脱痔ご容赦いただき隊。
posted by しゅういち at 22:11| 奈良 曇り| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

Myojin...

十二月十六日(金)
会社の忘年会。
最寄りの焼き鶏屋で慎ましやかに行われた。
参加者四人。
ま、言いたい事を言い合える人逹だったので、かなり遠慮なく喋った。
ちと言い過ぎた感もある。
果たして、無礼講は成り立っているのだろうか…少々心配である。


翌日、十二月十七日(土)
二日酔いも無く、すっきり目覚めた朝。
寒いが快晴。
前回のリベンジを果たすべく、朝早く車で東へ。
今回の標的は薊岳、標高千四百数米(忘)
午前九時半頃、登山口のある東吉野村に入り、林道を車で登る。
途中、杉の倒木が行く手を阻む。
今回同行した友人夫妻に倒木の先端を力ずくでしならせてもらい、
出来た隙間を何とか通り抜け、事なきを得た。
更に登り続ける事約十分、やうやく登山口に到着。
既に、標高は七百くらい。
車は三台停まっていた。
先行者は三組か。
車から降りると、身を刺すような冷気。
自分なりにかなりの冬装備で来たつもりだったが、不安に駆られる。

登山者名簿を記入し備え付けの箱に入れ、挑戦が始まる。
今回の登山隊は友人夫妻と我が夫婦の四人。
簡易舗装の林道を登っていると、落石防止の網に氷柱を発見。

2011122021340000.jpg

感動したと同時に、予想以上の寒さだと実感せざるを得なかった。
直後、目の前の光景に思わず立ち竦む。
ある筈の道が、ない。
完全に崩落している。
何とかコンクリートの割れ目に作られた道らしき所を慎重に進む。
次に迫る難所は沢渡りだ。
向こう岸までの五米、張られているロープを頼りに飛び石を渡る。
少々怖い。
向こう側に道が見えないので、男二人で確認に行く。
先に行ける事が判明すると、戻って女性陣をナビゲートする。
それを何度か繰り返しながら進む。
途中、倒れていた小屋が今秋の台風の凄まじさを物語っていた。
迂回路には梯子やロープが多数設置されていて、スリルを味わいつつ
わいわいがやがや楽しく登って行く。
やがて、沢の音が大きくなってきたかと思うと、突然、目の前に滝。
水量も多く、落差もある。
荘厳ささえ感じるそれは明神滝といふらしい。
少し登ると、滝が近付く。
目を凝らせば、流れている両側に無数の氷柱を見る事ができた。
ふと足元を見ると、地面には霜柱。
平地では真冬でも滅多に見れなくなったものを目の当たりにして興奮した。
冬山、素敵だ。

2011122021510000.jpg

高度が上がるにつれ、登山道も雪に覆われてくる。
凍っている箇所は杖の先で叩きながら慎重に歩を進めていく。
足を滑らせ沢へ滑落しようものなら、命の保証はない。
正直、かなり怖い所もあった。
『無理っぽいな〜。どうする?』といふ私の問い掛けに対して
誰も断念しようとは言わない。
上はどうなってるんだろう…そんな期待ばかりが心を占めていたのか。
撤退する判断を誤るのが、遭難する一番の要因だと思うのだが。
ま、そんなに大仰に考える程でもなかろう。

樹氷?霧氷?も綺麗だ。

2011122021520000.jpg


風に吹かれて、木から舞い落ちる氷の結晶は溜め息が出る程だ。
これに陽が射していれば、ダイヤモンドダストなのだろうか?
残念ながら、どんより曇り空だったが。

葛折れの雪道をしばらく登り続けると、一気に視界が開ける。

午後十二時四十分。
雪原の明神平に到着。
一面の雪化粧。
思わず、感嘆の声を上げた。
うぉ〜〜っ!といふ簡単な声だった(寒)
その昔、スキー場だっただけに樹は生えていない。
目指す薊岳は遠く霞んで見える。
あそこを目指すには、時間も装備も足りない。
残念だが、断念。

風吹きさらしの中で飲む味噌汁の温かさは身にも心にも沁み渡る。
持参してた友人夫妻に感謝だ。
山小屋は閉鎖されてて、ノックは無用。
記念に、入り口に掛かっている鐘の音を辺り一帯に響かせる。

から〜ん、ころ〜ん♪

どんどん体が冷えてくるので、長居も無用。
写真を撮って、いざ下山。
雪や凍結のある所は登る時よりも慎重に。
あとは一気に下る。

途中、我が嫁は茂みで用を足すといふ人生初の体験をする。
なかなかな気持ちのいいものだったそうだ。
…癖にならなければ良いが。

午後三時半、無事下山。

帰り、日本百名水・七滝八壺に立ち寄り、水を汲んでから、
やはた温泉で冷えた体を温めて帰路についた。


おそらく、この日の登山が今年の登り納めになるだろうといふ事で、
そのまま友人宅に上がり込み、鍋で忘山会。
汲んできた名水での水割り、珈琲は最高だった。


リベンジどころか、返り討ちに遭ってしまったが、雪山の魅力を
少しだけ知った気がした、大変素晴らしい一日になった。
posted by しゅういち at 22:27| 奈良 曇り| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

rent...

またまた何本かの日本映画を観た。
勿論、貸し出し屋で借りたやつだ。

【ジーンワルツ】
菅野美穂なかなかいい!
星みっつ半。

【武士の家計簿】
仲間由紀恵なかなかいい!
星みっつ半。

【星守る犬】
泣いた、泣いた。
大体、私は動物と子供に弱いのだ。
西田敏行かなりいい!
星よっつ。

【雷桜】
岡田将生って奴はかなりのイケメンだ。
ぎりぎり負けた。
恋愛ものは苦手だが、これは素直に観れた。
蒼井優が何故人気あるのか、これを観て初めて解った気がする。
星よっつ。


…とにかく、新作や準新作の棚から片っ端から観ている感じだか、
そろそろ嫁の手がホラーの棚に伸びそうな気がして、少し怖い。
posted by しゅういち at 21:52| 奈良 曇り| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

hill climb...

十二月九日(土)

曇り時々晴れ。
朝の気温三度。
奈良は寒い。
が、自転車に跨がり南へ向かう。
足指先がじんじんする程の冷気を感じつつ、広陵町、大和高田市を突っ切り、
御所市に入り、ひとつ曲がり角、ひとつ間違えて、迷い道をくねくねして、
何とか兵庫に到着。
そこから薩摩、吉備を通過し、森を抜け、土佐に入る。

…って、何処やねんっ!


今回、我々が攻めるのは難攻不落・高取城だ。
家から登り口まで三万米走り、そこから四千米以上登り続ける。
標高差は四百米程か。
時速八キロから九キロ位の速度でちんたら登る。
五分もしない内に息が上がる。
坂は先の見えないつづら折り。
登れども、登れども終わる気配はなく、息苦しくなるだけだ。
途中、アンカーの兄さんに追い付かれた。
並ばれた瞬間、こんちは〜!と元気よく挨拶すると、彼は
『きついですねぇ』と言いながら、涼しい顔で抜いて行った。
大して負けず嫌いでもない私は少しずつ遠ざかっていく彼の
背中を眺めつつ、とにかく脚を休める事なく、踏み続けた。

踏み続けた。と書いたが、自転車のペダルは踏み込むのが一般的だ。
が、私の自転車はあの夏の事故から生還して以来、ペダルと足が
くっついて離れないようになっている…いわゆる、ビンデイングだ。
これによって、踏み込みだけでなく、引き上げも自転車の推進力になる。
使う筋肉も増える為、一局にかかる負担が軽減されるのだ。

ビンデイングを装着して、初めて本格的な坂に挑戦したのがこの日だ。
平坦では実感出来なかったが、坂になるとやはり違いを感じる。
大腿の前の筋肉が悲鳴を上げる事なく、思っていた以上に登れる。

やがて、右側に大きな観音様の御尊顔、左下に大仏様の頭上を拝む。
西国三十三ヶ所の札所・壺阪寺だ。
ここまで足を付かずに登って来れたのは、ビンデイングのおかげ。
ここから先が自分との闘いとなるのは最初から覚悟はしていた。
脚は相変わらず元気だったが、心の臓が口から飛び出しそうだ。
まだ時折、私を抜いて行ったアンカー兄さんの姿が見え隠れする。
彼も苦しいのだろう。
どれくらい登っただろうか…たかが五分十分程度に思えるし、
一時間以上にも感じる。
苦しくて仕方ないが、脚を止めるきっかけが見当たらない。
速度が落ちて平衡を保てなくなる前に決断しないと、転倒する。
足が離れないのだ。

あ、あかん。
もう駄目だ。

そう思った所が道の分岐点だったので、道に迷ったふりをして、
脚を止めた。
アンカー兄さんも休んでいたし、まぁいいだろう。

しかし、分岐点の看板を見て驚いた。
目指す城までまだ二千五百米以上あるのだ。
これまでの距離が三分の一あまりだった事と、これからの事を
思うと泣きそうになる。

五分休憩の後、最出立。
一度降車してしまうともう怖いものはない。
残りの行程の半分以上は自転車を押して歩いた。
ビンデイング靴は歩き難い上に、上り坂で、且つ、落葉で滑り易い。

これ以上車は上がれないといふ所まで来た時には靴擦れで痛かった。
看板に自転車を括り付け、徒にて城郭へ登る。

午前十一時過ぎ、無事到着。
太鼓御櫓で握り飯を食し、しばし休息。
本丸に上がり、大峰山系の山々や金剛葛城山を眺めた。

うむ、苦しゅうない。

一応、登頂の記念に高取山三角点の写真を撮り、次々と登って来る
往年の山ガール達に愛想を振り撒きながら、下山。

自転車に跨がり、一気に下るだけ、楽ちん楽ちん!と思いきや、
ロードバイクならではの試練を味わう事になった。

帰りは急勾配の下り。
湿った落葉の上を細いタイヤで走るのは恐ろしい。
しかも、前傾姿勢の為、全体重を手首で支える。
手首への負担はブレーキをかける為の握力にも影響する。
自転車での下り坂がこんなに辛いとは…



途中で二回も休憩してしまった。
posted by しゅういち at 20:18| 奈良 晴れ| Comment(3) | マラソン、自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月07日

drunkers...

十二月三日、
予定していた登山は、かなりまとまった雨になる!といふ予報で断念。
朝起きたら、陽が射していた。
私が予定を断念すれば晴れるとは…どこまで雨に好かれているのか。

あまりに腹が立つので、夜、小雨が降る中(やはり降ってきやがった)、
歩いて行ける距離にある地鶏を出す店まで呑みに行った。
おそらく、登山が決行されていても呑みに行ったと思うが。

で、呑んだ。食った。喋って呑んだ。

六時に入店したのに気付けば、十二時過ぎ。
普段の睡眠時間くらい居座った事になる。
隣席の女子会も同時に入店したが、我々より僅か早く出て行った。

…勝った♪

歩いて帰った道をあまり覚えていないのはかなり呑んだからか。


翌日、晴れた。
がたまがあんあんする。
完全に二日酔い…いや、まだ普通に酔っている。
そんな中、早朝から野球の試合があった。
そんな状態で活躍など出来るはずがない!と誰もが思っていた。



全くその通りだった。
posted by しゅういち at 21:40| 奈良 晴れ| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月05日

ring ring ring...

十一月二十三日(水)

祝日、自転車。
傘印と雲印で表記された天気予報を尻目に、午前八時、愛車に跨がる。
全く、今年の吾輩の雨男っぷりは嫌気を通り越して、諦めの境地だ。
天候を考慮して、当初予定していた南河内方面を断念して、奈良へ。

今回一緒に走ったのは、大学の同期、高校の同級生、高校の後輩、
中・高校の後輩と吾輩、計五名だ。
法隆寺駅に全員が集合した時には、雲の切れ間から青空が見えた。
きっと私の雨力を超える晴れ男か晴れ女がいるのであろう。
いい事だ。

一路、奈良公園を目指してのんびりとゆったりと…
途中、大和郡山ホールで厠休憩を取り、秋篠川沿いをさらにゆっくり。
後ろにいた中学生くらいの男子に道を譲る。
すると、彼は我々を脱兎の如く追い越して行く。
狭い日本、そんなに急いで何処へ行く?

しばらく行くと、その少年の行き先が判った。

斜め左に薬師寺の塔が見え始めたあたりの交差点で、自転車道を
投げ出したような状態で立ち尽くす彼に、心配そうに駆け寄る主婦。
どうやら事故ったらしい。
少年に怪我はなく、大丈夫!大丈夫!と主婦に何度も告げていた。
しかし、主婦は納得いかない様子で、あたふたしていた。
早く行きたそうな少年に、行き先を尋ねる主婦。

『ラウンドワンっ!』

そんなに急いで行きたかったのは、ボウリング場だったのか。
前輪が変形した自転車では到底無理だ。
先ず、警察を呼んで…といふ野次馬(我々)の助言に素早く従って
携帯を取り出す主婦の姿を確認してから、再出発。
自転車の変形具合と車の凹み具合からして、大した怪我がなかったのは
奇跡と言っても過言ではないかも知れない。
三ヶ月前の悲劇を思い出し、思わず身震いした。

事故現場を目の当たりにして更に速度が鈍った我々は三条大路を
東に向かい、市役所やラウンドワンの裏手を走り抜けて国鉄奈良駅へ。
更に東上し、三条通りの珈琲店で休憩。
朝食後の軽い食事(昼食前の軽い食事とも言ふ)を摂取する。
十時半。
ここで空模様と体力、時間等を考慮した行程会議を開き、天理経由で
桜井・大神神社を目指す事に決定。

猿沢池の畔を抜け、天理街道へ出て、途中で高樋町を通って天理市へ。
白川ダムを見ながらの登坂はなかなか漕ぎ応えがあって楽しかった。
天理東インターを過ぎ、石上神宮で厠休憩。
更に南進し、景行天皇陵付近で山の辺の道へと逸れてみる。
少し登ってみたくなるような坂道があったからだ。
登り切った所は車両通行止で、突き進む路は石畳の階段のみ。
先に登り後続を待つ間、歩いて登ってきた二十歳くらいの女性に
『この階段長いですか?』
と訊ねてみると、
『そんなに長くないですよ〜』
と答えてくれた発音が関西弁ではなかったので、
『どこから来られたんですか?』
と再度質問。
すると、なんと彼女の口から出た地名に思わず
『ええな〜』
と言ってしまった。
なんでも、彼女は奈良への一人旅で、自転車も持ってきているらしく、
『私も自転車大好きなんですよ〜』と。
今日は天気予報を見て自転車を断念したけどこんな天気なら
乗ってくれば良かった〜我々を見て羨ましそうに、残念がっていた。
彼女の旅が素敵な旅になるように!と願いつつ、手を振って別れた。
丁度、全員が集合した所で、自転車を担いで階段を降りて行った。
階段下の東屋で休憩していた御老人達に声を掛けられた。
『どっから来たんぢゃ?』と。
法隆寺から奈良公園を経由して石上神宮、大神神社を目指すと話すと
『元気ぢゃのぉ〜』
と言われた。
いやいや、三輪から天理まで歩くといふ貴方の方が余程元気だ。

国道に戻り、一気に三輪を目指す。
あの有名な大鳥居を目前にして、皆一様に空腹を訴えだしたので、
我輩の行きつけの中華料理屋ターボーに入り、拉麺と焼き飯を貪る。
確実に運動以上に摂取している。
満腹になって外に出ると、雨粒が落ちてきていた。
大鳥居は目前だったが断念し、本降りになる前に帰路についた。
北海道から来た一人旅の彼女は自転車で来なくて正解だったのだ。
我々は欲張って三輪まで足を伸ばした為、雨に降られる事となった。

…やはり、雨男な我輩であった。
posted by しゅういち at 22:37| 奈良 晴れ| Comment(2) | マラソン、自転車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

made in Japan...

ここ一月程で、日本映画を数本観た。
といっても、足しげく劇場通ったのではなく、貸出屋に行っただけだが。
借りて返す、返す時に再び借り…を数回繰り返したのだ。

『観た!』と記憶する自信がないので、ここに記録しておく。

【まほろ駅前 多田便利軒】星みっつ
【岳】星よっつ
【阪急電車】星みっつ半
【プリンセス・トヨトミ】星よっつ
【八日目の蝉】星みっつ半
【孤高のメス】星よっつ

原作を読んだものばかりなので、評価には良くも悪くも期待度が反映される。
岳の小栗くん、プリンセス〜の綾瀬さん等はいい意味で裏切ってくれた。
堤さんに至っては、プリンセス〜でも孤高の〜でも嵌まり過ぎなくらいだ。

と、まぁ、夜な夜な映画鑑賞していた訳だ。
で、最後にひとつ。

【大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇】

単に嫁が竹野内豊を観たくて借りただけで、私は全く興味がなかった。
水川あさみは何となく好きだったので、私も一緒に観る事にした。
物語の内容は実に馬鹿馬鹿しくて、現実的にはあり得ない設定だ。
いわゆる、コメデイーだ。
しかしながら、夫婦の形としては大いにあり得そうでかなり笑えた。



…星よっつ半(笑)
posted by しゅういち at 00:13| 奈良 | Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

wonder land...

ドリカムの公演に出掛けた。
四年に一度のあれだ。


四年前、その公演を観た姫の感想を聞いて、次回は是非行きたい!
と強く思ったのが、まるで昨日の事のように蘇る。

そして、その願いを叶えてくれたのは、愛殿。
かなり楽しみにしていたのだが、当初予定されていた長居スタジアムは
台風により中止となり、振替日まで二ヶ月半待たされる格好となった。

十一月十九日(土)
場所を京セラ屋根付球場大阪に移しての開催だ。
座席はアリーナC一塊一番…前から三十列目くらいの左端だ。
かなり近い。
左端とはいえ、この場所には何かしらセットのような物体があり、
客席に張り出しているので、一番左だが前の塊の十番くらいの位置だ。
一列目なので、前は通路。
公演を楽しむには申し分のない良席だ。
有り難う、愛殿。

十七時少し回った頃、開演。
大歓声の中、一曲目。

【何度でも】

これ、興奮の中の初っぱなではなくて、落ち着いた頃に聴きたかった。
で、二曲目。

【朝がまた来る】

私が心の中で準備していた泣き歌二曲、いきなり終わってしまった。

その後も、フアンならずとも知っている曲がずらりと並べられる。
です、いず、どりかむ!といふ感じだ。
これが四年に一度のワンダーランドか〜っと 思わずにはいられない。
次に参戦する時、私は四十路を真っ只中を走っている事になる。
その次となると、
五十路手前で、子供たちの反抗期と戦っているかも知れない。
確実に、それまでの人生より残りの人生が短くなっている頃だ。
そのまた次となると、
五十路を超え、病気の一つや二つと戦っているかも知れない。
こうして楽しめる「時」は永遠ではないのだ。

そんな風に考えていた前半から中盤。

【時間旅行】

その昔この曲で、二千十二年に金環蝕があると覚えていたのだが、
もう来年に迫っている。
時の早さを実感せざるを得ない。

が、所狭しと踊って、走って、歌って、時には飛んで…の美和さんは
普段何を食って生きているのか、滅茶苦茶若いっ!
歳を取っていない。

中盤に差し掛かった頃、一番興奮した時を迎える。

【ねぇ】

この曲を歌っている時の美和さん、泣いているように見えた。
前回のワンダーランド期間中にご主人を亡くされた事を思い出した。
…私も涙が出てきた。
急に切り換えて

【Ring! Ring! Ring!】

アリーナに張り巡らされた花道を自転車で走りながら熱唱!
で、その最中に、私の左側にあったセツトらしき物体にスタツフや
カメラクルー達が集まりだした。
自転車を降りた美和さんが近付いて来て、そのセットに乗った。
バツクダンサーも乗った。
観客のほぼ全員が「左向け、左!」をしている状態…つまり、
私達が最前列っ!
吉田、近っ!
一曲終わって、ふと振り向くと反対側にも同じように舞台が出来ていて、
そこには中村氏が居た。

左側、当たりっ!
(中村氏、すまぬ)

しかし、それでは右側の客が黙ってないだろう!と危惧したのか、
美和さんはワイヤーで吊るされ、びゅーーんと一気に右舞台へ。
そこで一曲やって、また吊るされて、びゅーーんと戻って来る。

公演中、何度となく空を飛ぶ美和さん。
遠い席にいるお客さんの少しでも近くに行きたいと考えての事か。
素敵だっ!
真下から見えていた美和さんの御御足も素敵だっ!

長居スタジアムだったら見れない光景だったのかも知れない。

本編は二十七、八曲だっただろうか。

沢山の曲を限りある時間の中で歌ふとなれば、多少の短縮は致し方ない。
それは解るが、眼鏡越し〜、銀河への〜、晴れたら〜等、好きな曲を
フルコーラス聴けなかったのは少し残念だった。
残念といえば、もうひとつ…美和さんの喉の調子がいまいちだった。

さて、圧巻の本編終盤。
ワイヤー宙吊りで会場内を飛び回りながら

【うれしい!たのしい!だいすき!】

あの態勢でよく歌えるなぁと感心しつつも、あの曲目であり、
歌詞にもある「うれしい!たのしい!だいすき!」は美和さんの
心の叫びであるかのやうに、満面の笑顔で飛び回っていた。
私なら無理だ。
おそらくちびってしまうであろう。

本編終了〜♪
全く長くは感じなかったが、実際には三時間は超えていた。
アンコールは四曲。
夏は終わったけど…と言って、
【あの夏の花火】
曲終わりに、どーんと花火が上がった。
ここドームだぜ?


いやはや、何度も言うが、さすが四年に一回!
かなり気合い入っているのが伝わってきて、目一杯楽しませてもらった。

四年後も是非行きたいと思う。

よろしく、愛殿。
posted by しゅういち at 20:39| 奈良 晴れ| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする